🩰急速に変化している日本のバレエ事情。

昨日の日記でも書いたけれど、今回の日本滞在は日本のバレエのあり方の転換期に来ていると考えざるを得ない状況にあると思った。

私くらいの年齢の人たち(アラフィフ)にしたら、バレエというのは唯一無二の総合芸術で、洗練された躯体、筋肉から引き出される限られた容姿を持つ人による舞台芸術であると思う。

けれど、今の若い保護者、子供達にとってはそればかりではない。

バレエはKポップやヒップホップの垣根と同じ位置にあり、一括りに「ダンス」という認識であるように思う。

舞台上で踊るかテレビを通して踊るかは大した問題ではなく、「今」を生きる私がちが数世紀前のダンスではなく、「今」のダンスを楽しむ。それが重要なのだと思う。

また、今は若いプロのクラシックバレエダンサー達もこぞってKポップやヒップホップを踊ってる様子をSNSにアップしているから(日本人/外国人問わず)、さらにクラシックバレエとの垣根は低くなる。

その影響は計り知れなく、それで、ポップカルチャーのような商業的なものと舞台芸術を混同する人たちも増えてきているのではないかと思う。

私個人としても、バレエダンサーもいろんなジャンルのダンスが踊れた方がいいとは思う。

コンテンポラリーはもちろんのこと、クラブで踊るようなダンスからアフリカンダンスまで様々なダンスに触れてこそ、芸術の真髄にたどり着けるのではないかと思っている。

けれど、全ての人が深い考えがあって「ダンス」に向き合っているわけではなく、子供達が音楽に合わせて身体を動かせる習い事の一環としてバレエがあり、Kポップがあり、ヒップホップがある。

情操教育という観念からしたらどれを選択してもいい。

それぞれ子供達がそれに情熱を向け、打ち込む事ができるのならどれをとっても素晴らしい。

私が住んでいるフランスも、日本と同じで子供達にダンスをやらせたいと思う親はとても多い。だから、ダンスはとても人気の習い事。

でも、クラシックバレエは堅苦しいし、音楽が古臭いからコンテンポラリーダンスやヒップホップ的なものを選択する場合が多い。

フランス人の親や子供からしたらバレエの古典音楽を聴くのは日本人が能や歌舞伎、日本舞踊の音楽に触れるのと似たような感覚があるのかもしれない。

堅苦しく、古い。

一方、求めるものは、

もっと新しいもの、かっこいいもの、自由なもの。

それが今の時代の流れなのかもしれない。

もちろん、クラシックバレエ同様、歌舞伎や日本舞踊を選択している人たちもいるけれど、少数派である事には違いない。

そんな時代の流れの中思う

減り続ける子供の数とバレエ人口。

増え続ける日本国内のクラシックバレエ教室とバレエコンクール。

この矛盾。こんなにコンクール大国の日本でさらにまた新しいコンクールを立ち上げようとしている先生もいる。バレエ人口は減っているというのに!

私が以前から警鐘を鳴らしているよりも早いスピードで時代が変化していると感じたこの夏。

この大きな溝は今の日本の政治とも似ている。

変わらない平均年収と上がり続ける物価や税金。

日本のバレエ。

先日、吉田都芸術監督率いる新国立劇場バレエ団がロンドン公演を果たすなどの功績を上げてはいたけれど、国内を見渡すと、数多あるバレエ団の中には芸術性を感じられないものものあり、次第に淘汰されていくのではないかと思う。

アメリカのように、一般からの寄付で成り立つようなカンパニーが作り上げられている例もなくはないけれど、公演チケットの売上げをバレエ団員達のチケットノルマやバレエ団付属のバレエスクールの子達のチケット販売で賄ってきた戦前戦後の古い日本社会の中で成り立ってきたバレエ団が、新しい考え方を導入し、自分たちの行く末を案じ、自分たちの手で舵取り変更するにはまだ時間がかかるかもしれない。(バレエ団だけでなく、古い体質のバレエ教室も。)

でも、そうこうしているうちに時代は進み、今の遅れを取り戻せないくらいの深刻な未来が待ち受けている事も否めない。

多分、多くのバレエの先生達がすでに気づいている現状。でも、口に出すのは恐ろしくて、10年前とは違う現状を見て見ぬふりしているのだと思う。

クラシックバレエは総合芸術であり、他の新しいダンスとは様相を異するという現実を踏まえ、大人が真剣に議論をしていく場が必要である。

いっときの商業的なビジネスではない。だからこそ、ヨーロッパの多くの国々で福利厚生が伴う国家的芸術として成り立っている。

日本ではバレエダンサーとして優秀な若年層の子供達が育っている現状がある一方、早い子だと中学生から海外へと飛び立ち、自分が進化でき、そして稼げる国で自分の地盤を築いてくことになる。

日本のように国家資格でもなく、寄付文化もない、福利厚生が伴う受け皿もない未来は子供達(またはその保護者)にとって決して幸福とは言い難く、優秀なダンサー達の海外進出に歯止めが効かない。

また、何度も他の記事で書いているように、数十年後、海外で活躍したバレエダンサー達が国内に戻ってきた時に、バレエの先生として受け入れるだけの余力が国内にどれくらいあるのかも合わせて考えていく必要があると思う。

お金がかかる習い事(発表会、コンクール、個人レッスン費用、先生へのお中元等)、高尚な習い事としての継続をすれば次第に、時代の波に飲み込まれ、その他のダンスに歯が立たない時代が来てしまうかもしれない。

だからこそ、先のことだから分からないというのではなく、今、基盤を作っていく事で未来が変わるのではないかと思う。

種を蒔くことをしなければ、何も芽生えない。

バレエの品位を下げるというのではなく、むしろ品位を維持するために出来ることを探る必要があるのだと思う。

私自身、こんな文章を書くことが何の意味があるか分からないけれど、疑問を呈し、拙い文章で叫ぶことで自分の頭の中を整理しようとしている。

そして、1人でも

「芸術家は貧乏で当たり前」

「芸術家は親の脛を齧って当然」

という日本古来の考え方を刷新しようとする仲間ができるようになればいいと思っている。

優秀なバレエダンサーになるであろう日本の子供達の未来のために。

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