🩰バレエに生きる

※あくまで一個人の経験談、一個人が調べて書いてる事なので、当てにせず、参考程度に読み流し、疑問に思ったことなどはご自身でお調べください。

・🩰低学歴×低収入。日本のバレエの現状を考える

🩰バレエ教育環境。日本のバレエ講師のタイプ

・🩰バブル期世代のバレエ講師×現代の若い親達の価値観の違い

・🩰アジア人×ローザンヌ国際バレエコンクール

・🩰フランス×思ってたのと違うバレエ教育のリアル


🩰私自身のキャリアは、20年以上のバレエ講師人生を経て、2022年に高卒、40半ばでフランスに移住。
今はフランスの国立大学で学士課程資格を取得し大学院へ。そして、2026年からフランスで新たに仕事を始めるなど、セカンドキャリアを探っている1人です。

また、このサイトではバレエダンサーは言語に堪能である必要性もある事から、自らのバイリンガル子育ての経験も豊富に書いています(2人ともバレエはやってませんが、長女は現在ボーディングスクール、次女はフランスの現地高校生。2人とも日仏英の3言語話者)。

🩰バレエ×学校教育
日本の義務教育は世界で見てもトップクラス。
特に数学はどの国に行っても日本のレベルの高さを実感できるにも関わらず、バレエを本気で目指す子どもたちが、国内にいながら「バレエか学業か」という選択を迫られることも多くあります。

欧州の一部のバレエ学校のような学業とバレエをきちんと両立するシステムがありません。

バレエを諦めず、学業を続けることはできないか、それが私の問いです。

・🩰バレエ×学業の両立
・🩰バレエ×学歴
・🩰バレエ×中学受験
🩰バレエ教室移籍
🩰バレエ留学


本気でバレエダンサーを目指した子どもたちの人生、想像以上に早くに訪れる引退について、どれだけの人が真剣に考えているのだろうか。
このサイトはキラキラしたバレエの側面や趣味のバレエではなく、本気でバレエをやる場合の学歴、収入、引退後のキャリアをどう考えるかを手探りで綴っている個人サイトです。


海外へ留学し、海外で就職する。
バレエダンサーとして収入を得る。
そして、いつか踊ることを辞める日が来る。
それでも人生は続く。
それはバレエダンサー人生よりも長く続くのです。

日本のバレエ講師達は世界で活躍できる優秀なバレエダンサーを短期間で育ててきました。

しかしその一方で、ロシアや共産主義国家、欧州の多くでは国家公務員として給与体制、引退後の年金制度が整っている国も多くある中、日本国内では”プロ”のダンサーになってもバレエだけでは生活できず、低学歴が故に一生アルバイトを続けなければならない人も多くいます。

🩰バレエ×仕事
日本でやる場合、バレエで「お金がもらえなくてもいい」と考えるのか。
欧州のように職業ダンサーとしての地位を考えるのか。

なぜ、日本人ダンサーの多くが海外に働きに出るのか。収入アップのためにストライキを敢行するパリ・オペラ座バレエのこと、ロシアなどの元共産国家の国立バレエ団の在り方など。

🩰若いバレエダンサー×未来への選択肢
・🩰日本のバレエ×伝統芸能
・🩰踊れる場所がある幸せというやりがい搾取
・🩰海外でプロのバレエダンサー
・🩰パリ・オペラ座バレエ団員のバレエとストライキ
・🩰共産主義国家×国立バレエ団


バレエを怪我で引退した後、キャリアを全うした後の人生は?低学歴は低収入を生む。それは、一般的に言われる事ですが、バレエダンサーは中卒や勉強をほとんどやってこなかった人達も多くいる現実があります。
自分の人生の選択肢を失わない未来設計を描くことは前向きに取り組むべき課題です。

🩰バレエ、そしてセカンドキャリア
ダンサーを引退した後、人生はどう続いていくのか。
日本でバレエ講師として20年以上活動し、シングルマザーとして子育てしながらバレエスタジオ経営をして、現在は親子でフランスに移住して大学で学びを得ている私自身が歩んでいるセカンドキャリアをこのブログを通して身を持って発展させていっている段階です。

・🩰バレエ×母子家庭
・🩰私のバレエ人生
・🩰お金がないとプロになれないのか
・🩰私が見てきたバレエの先生のタイプ
・🇫🇷50歳手前でフランスの国立大学学士課程入学


🇫🇷 フランスで暮らして見えてきたバレエの厳しい現状
子どもを育てながら大学で学ぶ中、私自身が見てきたフランス社会と憧れていたはずのフランスバレエ教育の実態とギャップ

フランス政府認定ダンス講師国家資格
フランスバレエのキラキラじゃない現状
移民×バレエ 発表会編
移民×バレエ クリスマスソングの禁止

🇫🇷 バレエ引退後のセカンドキャリアをフランスの大学で模索する母と育っていく子供。

当時10歳と13歳でフランスに一緒に移住してきた子ども達の学校教育、自分自身も学生になったから見えてきたこと。

日本とは違う学校教育システム。

子どもの進路とボーディングスクールという選択。

海外で子育てをすること。

そして、40代からもう一度学生として学ぶこと。

全て自分で選択した人生で、誰のせいにもできない独自の歩みです。


🩰今の日本のバレエは歴史/理由がある。
彼らの人生を追うことで、現代の私たちもセカンドキャリアなど彼らの人生からの学びを得ることができます。

日本では一般的にはエリアナ・パブロワの方が名前が知られているが、正しいロシアメソッドを当時の日本にもたらしたのはオリガ・サファイアだった。 彼女は日本のバレエ愛好者のために、3冊の本を書き、日本人にバレエの本質を示そうとした。川端康成や三島由紀夫も絶賛する本である。

エリアナ・パブロワ自身は本格的なバレエは習ったことはなかったようだが、同じ苗字を持つアンナ・パブロワの来日公演の影響で多くの後進を輩出することに成功した。生まれ持った人を惹きつける魅力、容姿で1944年に南京で客死するまで日本のバレエ界に貢献した。

18歳で笹田繁子(ワトソン・繁子)を出産。父親が誰であるかは誰にも生涯にわたって打ち明けなかった。夫の笹田氏がいながらも子供が5人いながら島田廣氏の元に走った和製ボーヴォワールである。
彼女自身もエリアナ・パブロワに学んだ1人であり、バレリーナだった。

旧姓笹田繁子こと、ワトソン繁子は服部智恵子の娘であるが出生の秘密があり、見た目が当時の日本人の顔とはかけ離れ、西洋的な美しさがあった。彼女は米国外交官の妻としての一面を持ちながら、バレエや特にインド舞踊を踊り続けたダンサーである。

肩書は日本のバレエダンサーであり、振付家、そしてバレエ指導者、舞踊評論家、舞踊史研究家と様々な顔を持つ。
東京大学出身のインテリでもあ離、歯に絹着せぬ物言いでバレエ界に貢献した1人。

エリアナ・パブロワともオリガ・サファイアとも違う路線でバレエを習った日本人バレエダンサー。バレエ関係者と色恋沙汰も多かった事で有名な彼の死後はバレエ団の後継者問題で現在も争いが続いている。

【🎒その他の経験談】