バレエはママがやりたい事でウチらがやりたい事ではない。
娘達は8歳、11歳だった。
ハッキリ言われてから紆余曲折して今に至る私達。
人生は真っ直ぐの道は存在しないけれど、それにしても私の道、グニャグニャ過ぎん???
祖父がしょっちゅう言っていた言葉。
普通に暮らすのが1番難しい。
本当にそう思う。
何となく、日本の人が考える理想の道って
・ある程度良い大学に行って、
・給料が高めの安定した就職先ついて、
・結婚して
・子供がいて、
・子供達にある程度の教育を与えながら子育てして、
・たまに夫婦喧嘩もするけれど、家族仲良く過ごして、
・平和に子育て終了して、
・老後は好きな事やって過ごす。
みたいな感じ。
それに当てはめて考えると…
えっと…
私、、、、
結婚して、子供がいて…の後に「離婚して」って言うものが付け足されて…
順番間違えた感じで今大学生やってて…
平和な老後が来るんだろうか…と訝しむ。
そんな母を持つ娘達は、精神的に逞しくてとても助かる。
塾が好きではない私は子供達に勉強させるよりも身体を動かすことばかりさせてきた。
バレエ週6。
母、🩰先生。
それでも、自分の人生はバレエの道じゃないとハッキリ言ってくれた娘達には感謝。
親が子供の人生を決めるのは好きじゃないから。
これからもきっと山あり谷ありの道だろうけど、しばらくは私が舵を取りつつ、方向は娘達には決めさせるんだろうな。
そうやって我が家は回ってる。
人に感謝する事だけは徹底させて、後はそれぞれが進みたい道へ。
「道は開ける」のデイル・カーネギンや「自助論」のスマイルズも書いてるように、努力はすぐに結果として現れないかもしれない。
それどころか、
けなされ、笑い物にされるかもしれない。
それは医者という同業者の人達からの罵声を浴びせられた天然痘ワクチンを見つけたエドワード・ジェンナーのように理解されるまで数年、数十年かかるかもしれない。
でも自分が信念を持って人に伝えることをしていけばそれがいつしか分かる人には分かるだろうと。
それでも自分の道を切り開くのは自分自身しかいない。他の人がやらないような事で自分が見つけた信念があるのならそれを時間をかけて貫けば良い。
多くのフランス人が日本の文化や芸術をリスペクトしているように、それぞれ人がリスペクトし合える世の中になっていけば良いなと思う。
それが今の日本のバレエ界は薄い。
幼い娘達が勇気を持って頑固な母(←私の事)にぶつけた言葉によって、私自身が見直さなくちゃならないことが多かった。
たとえそれが私の大事にしてた物(バレエに先生という仕事)の一部を失う事になったとしても娘達以上の宝物はないと言うのが私の答えだった。
バレエの先生の中には自分の子供よりもバレエの教え子を優先してると言う事を言っている方もいるけれど、自分に子供がいるのであれば、その子供以上に大切な子供はいないと思う。
なぜならその子にとって父であり、母である人達は唯一無二なわけだから。
だから、自分の子供を第一に考えると言う当たり前の事をする。
今まだ,何者でもない私や娘。
そして、一生何者でもないままの可能性が高い。
それでも与えられた恵まれた機会を活かしながら何か自分にできることはないか足掻いてみる。
少なくとも私には日本のバレエ界で才能がある人達がコールドダンサーでもバレエダンサーとして食べていけるようになってほしいと言う夢がある。
だからこうやって日本の外側から日本の状態見ながらできることがないかと探ってる。
今の日本経済を考えるとかなり難しい事だし、そんな壮大な夢を持つと祖父の言っていた「普通の暮らし」は更に遠くなる…
それでも少しでも多くの人がバレエで幸せになってくれたら良いなと思う。
才能があってバレエに携わる日本の優秀なバレエダンサーが安定した職業として日本で暮らしていけるようなシステムができないか、このフランスのシステムを学んでいる。
いつの日か、優秀なバレエダンサー達が、日本でコールドダンサーでもギリギリでも良いから他にバイトしないで食べていける給料をもらい、定年を迎えた後は僅かでも良いから年金を得られるようなシステムが作れたら!
そしてもう一つ祖父が言っていた言葉。
「実ほどコウベをたれる稲穂かな🌾」
どんなに歳を重ねても、年齢問わず正しい事を行ってる人を敬う人でありたい。
いかなる状況でも怖気ず、学ぶ姿勢を続けていける人でありたいと思う。
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