私はプロのアドバイザーのような知識はないのでこのブログを読んでいる方々の「バレエのセカンドキャリアを考えている」、「親子(母子)フランス移住(留学)検討中」、「子供の多言語子育て」などの質問にできるだけお答えしますが、あくまで個人の経験談を掲載しているサイトです。
バレエでの輝かしい経歴等も一切ありません。泥臭さだけです。
バレエスタジオ経営者から次の未来
挫折感が多かった私のバレエ人生。バレエ講師を始めてからは徐々に自信がつきましたが、それまでは何をしてもひたすら自信がありませんでした。
だから、私は自分の生徒たち、彼らの保護者に支えられ、成長させてもらったという恩を常に感じています。
そして、日本でのバレエ講師人生は2022年で一旦閉じましたが、私の人生はまだ続きます。でも、バレエをやってる人間にとって引退後、リタイア後が一番問題で、それを解決する術がないか、フランスの国立大学で勉強中です。
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日本では何の保証も無く、
他の自営業者同様、
国民年金のみが頼みの綱。
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紆余曲折しながらフランス学生ビザを取得して2022年秋に母娘で移住。
44歳でソルボンヌ・ヌーベル大学の語学コースの入学許可をもらって2年間、人生初の大学生活を過ごしました。
(以下に書いているバレエの専門学校は当時、脳腫瘍だった祖母の介護をするために辞めたので高卒です。)
世界中のバレエとは関係のない若い子達に混じって大学で勉強するのは本当に有意義で刺激的で2年がものすごくあっという間に過ぎていきました。
今後は今を生きる日本の才能あるバレエダンサーの若い人たちの生活水準が向上するような仕組みを探りたいと、本気で思って、フランスの国立大学で勉強中です。
非常に難しい課題で、自分一人で何ができるか皆目見当もつきません。
私の大好きな教え子達の未来が少しでも明るくなるような、バレエダンサー/舞台人達が生きやすくなるようなきっかけ作りができないか。。。これから、少しずつフランスバレエの現状を学んで日本のバレエ界に繋げていこうと思っています。
フランスバレエの現状
- バレエ団所属のコールドダンサーでも生活できる収入を得られる
- 年金がある※パリ・オペラ座バレエは42歳と半年で定年で、その後年金をもらえる。
- 女性は出産後もダンサーとして活躍できる土壌がある。エトワールの女性のほとんどが子持ち。※複数の子供を持っているエトワール の方も結構います。(以前のエトワール 、オーレリー・デュポンは2人)
- バレエの指導にはデュプロマが必要
- バレエ教室に所属していると自動的に大手バレエショップでの割引が効く
- 基本的にはどのバレエ教室も無理をさせないレッスン。
- 当たり前だからアンデオールとかの指導ない。骨格的に条件が良い、才能・素質のある子だけが上を目指せる。(好きだけではダメ)
- バレエ教室の発表会には大手企業のスポンサーが付くから出演者の発表会参加費が格安(5,000円前後で衣装代無料)
- バレエの発表会を観に行くのは基本的に有料(20€前後)
- 7歳未満にバレエを教えてはいけないからリトミック
- 指導にはフランス政府認定バレエ教師国家資格が必要(取得にはハイレベルなフランス語力と専門の教育機関に数年通うことが必要)
挫折だらけのバレエ人生
極度の内股を治すために嫌々、小学4年生で連れていかれたバレエ教室
同級生の4年生はすでにトウシューズを履いて自由に体を動かして踊っているのに柔軟性が全くなかった自分だけ手足バラバラで動いている状態だったけど、徐々にバレエの虜になった。でも、
❤️バレエが好き=上手ではない現実💔
中1くらいから当時の有名な先生の講習会に片道3時間かけて足繁く通ったり、バレエ教室を二個掛け持ちして(35年前、当時のお教室のレッスン回数が最高で週3回だったからもっとレッスンするために。)二つの教室それぞれの発表会に出てたから年に2回あったり、とにかくバレエ漬けの日々。
安くない発表会代を文句一つ言わず、出し続けてくれた母には頭が下がりません。
当時は、今のようにコンクールが多くなく、むしろバレエの舞台に出させていただく機会が度々あって、踊る事が私の人生で一番キラキラしてると思っていました。
今よりも先生達も生活に余裕がある平成の始めの頃の話です。
バレエの道を断つつもりだった高校生交換留学先でバレエ
高校生になって、当時習っていた先生の旦那さんに「下手くそ!」とか、「覚えが悪い!トロYoshiko!」「お前は足だけ高く上げとけば良いんだ!」「オッパイ揺らさないで。」と何やら集中攻撃…
精神的にやられ始めていました。(ご贔屓の子にはとても親切で、良い先生だったし、バリエーション指導やパ・ド・ドゥのサポートは本当に上手かった!)
それで、高校の交換留学(デンマーク)を決めたのも才能もないし、バレエじゃない道を他に見つけないといけないと思ったから。
留学機関から返済不要の奨学金をもらって現地の高校に通いました。
でも、語学や文化を学びに行ったのに結果的にはバレエ漬けの日々。ホストファミリーもそれに合わせて生活をしてくれたことに感謝しかないのです。
しかも、バレエを頑張ってるからと言う理由で、現地の留学機関の方が善意でプラスの奨学金のような形でレッスン代を出して下さった。
そして帰国前には通っていた小さなバレエ教室の先生から発表会の主役をオファーして頂いて嬉しくて泣きました。(結局、留学機関のスケジュールとの兼ね合いで発表会に出れなくてまた大泣きしたけど。)
高校卒業後、バイトしながら…バレエ
デンマークでやっぱりバレエが好きな事を再確認。
でも、日本でのバレエ界の現状と向き合った時、O脚や低身長などバレエダンサーとしての条件が悪い事に加え、元々プロになれるレベルじゃないと感じていた私は、バレエの先生になリたくてバレエの専門学校に通いました。(当時はバレエを学べる大学がなかった)
専門学校でクラシック、コンテ、キャラクター等をやった後、夜は地元のお教室でまたバレエ。
一日6時間以上踊り続ける毎日が幸せ。
その後、時代の助けもあって少しずつ、徐々に教えのチャンスに恵まれました。
人がいないからここで教えしてくれない?と言うところにはどんなに遠くても赴きました。
ただ、
大人になってからも他に行き先がなくて自分のレッスンは元のバレエスタジオに戻ってやっていましたが、そこを離れるまでは先生の旦那さんからの暴言も酷くなるなど順風満帆とは程遠いバレエ人生でした。その頃になると、太陽や夜に光る星や月が怖くて観られないという恐怖症に悩まされていました。
でも、バレエが好きだった
というものすごい矛盾。
今でもなぜそこまでバレエにしがみついていたか分からないけれど、バレエを取ると自分じゃないような強迫観念に駆られていたのかもしれません。
結果的に、生徒や保護者に恵まれたバレエ講師としての半生を20年間以上日本のバレエ界の中でやってきましたが、生徒を連れてコンクールに参加した時もコンクールスタッフとして仕事をしていた時も、舞台袖で何度も学生時代のバレエの先生の旦那さんと出会ってしまう機会がありました。
その度に当時の悲しかった時のことが思い出されて、パニック状態になり、1人、動悸が治らないのを年数で乗り越えてきました。
日本のバレエ界は狭いから元の先生に出くわす機会はものすごく多いです。
だからこそ、バレエに人生を捧げるのは悪いことではない。むしろチャレンジして、できなかったらセカンドキャリアを考えられるように学業も疎かにしない!中卒で学歴を終えるのではなく、せめて高校卒業の資格を取る!という道筋をこのサイトを通して提案していっています。
自分が辛い経験をしたからこそ、ダンサーとして生活できる人を増やしたい。だからフランスで学ぶ。
非常に難しい大きすぎる課題で、今の小さな自分一人の力で何ができるか皆目見当もつかない上に「やりがい搾取」を肯定化する意見の多さに無力を感じてもいます。
(先人たちが作り上げた日本のバレエ界の歴史を探り出して余計に思いが強くなっています。)
バレエダンサー引退後、特に女性はバレエの先生として成功する人も多い傍ら30、40、50代で実家暮らしの人も多いように思います。
その多くは経済的な理由が原因。
(もちろんそれだけの理由ではない)
自活できてる人もいますが、バレエに人生を捧げ結果、自分で生活する術を知らない40代から上の世代も見過ごせないくらい多く存在します。(成人したご本人やご両親が満足しているのであれば私が口を出すものではないのは前提として。)
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日本でバレエダンサーは
何の保証も無く、
怪我したら終わり。
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これからの日本の若いダンサーたちで実力がある人たちの生活にもっと明るい未来が見える日本のバレエ界にならないか…
また、セカンドキャリアとしての道筋を立てるにはどうしたら良いのかなどを、フランスの大学でバレエやダンスの歴史等を学びながら日本のバレエ界に導入できることはないか、考え続けている2026年現在です。
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興味があれば…フランス留学の流れ関係のまとめです。