🩰6、バレエ 小説、グラン・ジュッテ

その16

心の切り替えはしたもののやっぱり、決勝進出発表までの2時間が永遠のように感じられたし、だいたいこの待ち時間自体が無意味なように思えた。プチフルールの子たちが数人、外で待っているのは分かってはいたけれど、会いに行ける気分には到底ならなかった。

「決勝に行けなかったら、どうしよう。きっと行けない… 」思いが込み上げてきて再び涙が押し寄せてきた。

その時ちょうどナナ先生が戻って来た。

「私、今日はもう帰るから、結果を教えてね。きっと行けるから!笑顔で、また明日リベンジね!あ、後、足今日はゆっくりさせて痛みを取るようにしてね!」

「え?足?」悔しさで今朝の足の痛みはもうすでにどこかに飛んでいっていた。

「先生は本当に決勝行けるなんて信じてるの?」

笑顔で去って行った先生に軽く会釈をしながら凜はそう思った。

片付けをしたり、メイクを落としている間に時間はなんとなく過ぎて行った。そして、いよいよ決勝進出発表の時間になって凜は重い腰を上げ、ママに連れられるようにして2階のロビーへと向かった。

周りにはすでに他のお教室の出場者たちが何も張られていない掲示板を取り囲んでいた。

ワクワク感を抑えきれず、はしゃいでいる子、悲壮感漂う子、冷静に掲示板を見つめる子など、様々な様子が見て取れた。凜はママと二人、賑やかな場所からは離れて掲示板が見える向かい側の壁前に立って、その瞬間を待っていた。

その時、奥の方から大きな稿判用紙を持った女の人が現れた。出場者たちはワーッと一声上げるとその稿判用紙に釘付けとなった。

女の人が丸めていた紙を広げてテープで張り付け始めた瞬間から悲鳴とも歓声ともいえぬ声が辺りに響き渡り始めた。

凜はその様子をしばらく外から眺めていた。掲示板を取り囲んだ輪が次第に崩れていくのを見計らって大きく息を吸ってノロノロと目の前の掲示板に近づいて行った。

「25 番、25 番」凜は何度も心の中で呟いた。

 その瞬間、隣にいたママが「あった!」

不意を打たれた凜は自分でも確認したくて目を凝らした。

1.2.8.10.12.13.14.20.22.25.26…….

確かに凜の番号があった。

ダメだと思ってた凜の目からはさっきとは違う涙が頬を伝った。

ママが慌てたように

「先生にLine しなくちゃ!」と叫んだ。

あ、そうだ。ナナ先生に明日来てもらわないといけないんだった。

その17

頭の中がボーっとするようだった。

「明日、もう一度踊れる!練習しなくちゃ!」喜びと驚きが交錯する中、凜は自分の番号をもう一度確認した。

初めての決勝進出。もっと嬉しいものかと思ったが、今の凜には不安しかなかった。「明日はもっと厳しい戦いになるんだ。自分自身と向き合う。自分に負けない!」そう言い聞かせて凜は会場を後にした。

その夜は今日の自分の踊りのDVD を見ながらダメだしを繰り返した。本当は転んだところは目をつぶりたかったけれど、何度も見直して転んでしまった原因を探った。けれど、奇妙なことに何度スロー再生しても床に躓いたのか、滑ったのか確認できなかったし、自分自身の記憶もなかった。

何度もビデオを見直したことで、良い点もあった。パとパのつなぎの床の使い方の甘さを発見できたし、胸で呼吸しているのも確認できた。

「相変わらず、やってるつもりで終わってる事が多いなぁ。明日は慎重にやらなくちゃ!悔いの残らないように!」

ベッドに入っても興奮していてなかなか寝付けないと思っていたれど、興奮し、疲れていたせいもあって河野紅さんの写真を眺めていたら、いつの間にか深い眠りに落ちていた。

翌朝、いつもより早起きして入念なストレッチをやり始めた。昨日はあんなに辛かった足の痛みが今日は嘘みたいに痛みが消えていた。それだけで、心が軽くなるようだった。

しばらくストレッチをしていると先生が送ってくれたダメ出し個所をママが教えに来てくれた。

凜が寝ている間にママが先生にビデオを送ってくれて、それを先生がチェックしてダメ出し個所を書き出してくれていた。

先生の箇条書きはとても多くて「これ、今日中に間に合わないよー!」

とママに愚痴を言ったけれど、ママが

「じゃあ先生に直接言えば?」

なんて意地悪を言うものだから気合を入れなおして一つ一つ、課題に取り掛かった。

後ろの方ではママが、

「学校の勉強もそのくらい集中してやったらもっと成績上がるんだけどねー。」
などと、ぼやいているのが聞こえたが聞こえないふりを貫いた。

何度も何度も先生に言われた課題を見直して、やり直して納得のいくまで自分の姿を鏡に映し出しては修正した。

「腸骨を開いて… 、大腿骨も開いて… 、踵を回して… 」

独り言をブツブツ言いながら自分の世界に入っていると、突然ママが叫んだ。

その18

凜!そろそろ出かける時間だから早く準備して!場当たりの後、出順まで時間あるから練習室できっと先生が見てくれると思うし!」

ママが声をかけてきて時計を見るとすでに8 時15 分だった。開場は9 時だからそれに合わせて場所を取りにいかないといけないという事をすっかり忘れていた。

ママが自分で確認するかのようにしゃべっている。

「場当たりが10 時からだから、着いてすぐにメイクをしてもらって、準備したら間に合うのかな?間に合うか… 。」

「って言うか、間に合わせるしかなくない?」

凜の冷静な一言にママは面食らったようだった。どうやら、凜よりママの方が緊張しているらしかった。それを出さないように頑張っている様子だけれど、ママの行動が明らかにおかしかった。

「ママ?大丈夫?」

思わずそう声をかけずにはいられなかった。

「あ?え?いやだ、大丈夫に決まってるじゃない!」

というママの声がどこか上ずっていたけれど聞き流すことにした。

8 時30 分、予定通り車に乗る。後部座席でいつものように甲出しを開始。なかなか思うように伸びてくれない甲だけれど、1 年前に比べたらだいぶ良くなったように思えた。昨日の夜、ふと思い立って去年のビデオを見返してみたら自分の踊りのひどさに愕然としたのだった。「私こんなに下手くそなの?こんなに足汚いの?」膝は曲がっているし、距骨を押し出してしっかり立ててもいない。全てが中途半端に見える足。それに上半身の動きもすさまじく硬かった。柔軟性はこの頃もあったと思うけど、使い方がとにかく酷かった。

この自分の散々なビデオを見れば見るほど、きちんと立てていないし、動けてない自分の身体を恨めしく思った。

バレエはどれだけやっても到達点がない。

ナナ先生がしょっちゅう言っている言葉の一つ。だから奥が深くて面白い。

きっと勉強もそうなのかもしれないけれど、学校の授業にいまいち魅力を感じないのはなんでだろう。と考えてみる。ママが事あるごとに言う、

「日本の教育は詰込み式で、ここさえやればいい。という教育だから知識の広がりとして発展していかないのよ!もっと、探求心に火をつけるような教育に変わればいいのに!子供たちがアイデアを持ってそれを広げていけるような教育方針になればいいのに!」
という言葉通りかもしれない。