🩰4、バレエ小説、グラン・ジュッテ

その10

良かった。そう思い、先生の言葉を待つ。

「最初からそうやってくれればいいのに!!!本番はね、何度も言っているけれど、1 回しかないの。その1 回のたった2 分程度のためにそれぞれがしのぎを削って頑張っているわけ。何もかも一発勝負だし、審査員はあなたの努力なんて見てないし、興味がないの。

興味があるのはあなたが持っている素質、舞台での表現力だとか、技術だけ。要は、1 回きりの舞台上で表しているものが全てなの!分かる?だから、何度もやって、何度も言ってもらってできましたじゃダメ!今日言った注意、今日出来たことは自分の中にちゃんと整理して、次回は今の踊りからできるようにしてちょうだい!」

「はい。」凜は力強いとも弱々しいとも言えない返事をした。実際、今の踊りの何が良かったのか、自分では分からなかった。

「意識を変えたせい?集中力?先生が感じ取ったものは何だろう。」

帰路に着きながら自分なりの答えを出そうと頑張ってみた。

私だけができる表現力… そう、呟いたところで遠くにママの姿が見えた。

「ママ!」

一目散に駆け寄って、小さい子みたいにママの胸に飛び込んだ。

「どうしたの?」

「別に。」

「なんかあったの?」

「何にもない。ただ、疲れただけ。」

「そう?それならいいけれど、今日はどんな注意をしてもらったの?」

「今日は、良かったって。でも、それが難しいの。」

「ん~、何だか、思うところがありそうね。でも、頑張ってバレエに向き合っているっ

てことみたいだし、目標高く頑張って行こうね!」

「私、今年のユースの日本予選でジュニアのTop12 に入りたい!ニューヨークに行きたいの。ナナ先生をニューヨークに連れて行くんだ!だからね、私、何が何でも頑張る!」

それからの凜は学校から帰ってきてから時間があれば、腸骨筋のストレッチや腸腰筋強化やハムストリング強化の筋トレに励み、夜はレッスンで言われたことの復習を繰り返す日々、就寝時間が12 時近くなることも度々あった。

その11

7 月のコンクールまで後1 か月。凜は、カレンダーを見ながらふと考えた。このところの凜は目覚ましい進歩を遂げていた。日曜日の自主練の成果か、ピルエットが安定して4回転できるようになったし、苦手なドゥバンに高く上げる脚もだいぶ理想の高さに近づいてきた。今一つ、パッとしないのはグランパドシャ。どうしても一直線上に高く跳ぶことができない。床での縦開脚は180 度以上開くし、以前に比べたらだいぶよくはなっていたけれど、日本のトップクラスの同年代の子に比べたらまだまだなのは火を見るよりも明らかだった。練習の度に先生からは腸腰筋の強化を言われ続けたし、呼吸の改善も指摘された。

「腹式呼吸!忘れない!腸骨を真っ直ぐにすること!忘れない!」

「はい!」

胸で呼吸するからジャンプも胸に力が入って上手く跳べない。だけど、疲れてくるとお腹で呼吸するのを忘れて、胸呼吸になってしまう癖があった。

 それが原因だという事は凜にも何となく理解できるようになってきていた。だから、猶のこと悔しかった。

そして、こんな時に頭に思い描くのはロイヤルバレエ団のプリンシパルとして活躍している河野紅さんのキトリ。凜の部屋に飾ってあるその写真は華やかなグランパドシャのその瞬間が切り取られた凜の一番のお気に入りだった。浮遊感が写真を通しても伝わってくる。もう何千回、何万回と見ていたから、凜の記憶にハッキリ刻み込まれていた。前後に引っ張られるような一直線以上に開いた脚。上体を支える腸腰筋は力強く、引っ張り上げるように空間に伸びている。アンオーの腕はぐっと下げられた肩甲骨の動きとは相反するように高く伸び、長く、美しく伸びた首のラインは更に上半身を引き上げる重要な役をしていた。

イメージトレーニングで、自分をその動きに近づける。正しい筋肉や骨の向き、使い方、それに呼吸法などいろんな注意が凜の頭を駆け巡った。そして、それと同様に、大きな課題でもある曲の解釈に今まで以上に力を入れた。

2 分少々の中に、物語がたっぷりと含まれているスワニルダの1 幕のバリエーションは、喜怒哀楽が表現しやすい。オーロラ姫や金平糖の精ではないからプリンセスの気品はいらない。6 年生の凜にとってはやりやすいと感じる作品だったが、日本国内を見渡せば、同年代や下の学年の子でも十分に気品のあるプリンセスを演じている子が何人もいる事を知っていた。

それでも今の凜に必要なのはスワニルダになりきること。自分が本の中の主人公になればいいんだ!と思って踊っている。でもバレエの難しいところは、いくら役になりきろうと努力してもそれに伴って、踊りの技術も必要になるという事。

このバリエーションを踊りきるにはナナ先生に言われたとおり、まず体力が重要。アンデオールができるのは当たり前。それから、軸の安定感、ポアントワーク、回転力、ジャンプ力など言い出したら限りがない。少しずつ理想の踊りに近づくために努力をしていくしかないのだ。

凜が自分で読み解くスワニルダとコンクールの審査員の先生たちがイメージするスワニルダ。それが重なった時にきっと評価してもらえるんだ!凜は何度も何度もDVD でオリガ・オシポワの踊りを見返して、寝る前には河野紅さんの写真をじーっと見続けて自分に足りないものを見出そうとした。

自分に足りないもの、それを探すのが凜の日課となった。

その12

 おかげで寝ても覚めてもバレエの事ばかり。プールが始まるこの時期、ママが学校の先生にバレエには日焼けは厳禁だから、ラッシュガードを着てもよいように直談判してくれたし、日焼け止めクリームもしっかり塗って、対策を取った。

 学校にいる間はいつも何かバレエのために出来ることはないかと考え続けた。O 脚気味でアンデオールがきれいに見えづらい凜の足。小さい事だけれど、授業中は45 分間脚を閉じて座るとか、腸骨を真っ直ぐ立たせたまま、座骨が座面にしっかりついた状態で仙骨から背骨引き上げて座り続けるとか、どうやったらまっすぐな脚に見えるようになるかを学校の鏡や窓越しに移った自分を見ながら研究し続けた。

練習中、納得いくような動きができる日もあったけれど、多くの日は肩を落として帰って、ママが撮ってくれたビデオを見ながら家に帰ってひたすら先生に注意された箇所の反復練習をする日々だった。

日は一日一日と過ぎていき、夏休みが始まるとあっという間にカレンダーに書いた「コンクール!」と言う文字と重なる日を迎えた。

コンクール予選の朝、凜の様子はいつもと違った。

「おはようございます。」

「おはよう凜ちゃん、なんかあったの?」ナナ先生がそう聞くや否や凜の目元に涙が浮かんだ。

そして、絞り出すような声で

「何でもないです。大丈夫です。」とだけ言った。

「いやいや、何でもないわけないでしょう?何どうした?具合悪いの?どこか痛いの?」

問い詰めるナナ先生の問いに首を横に振り続けた。

凜の足はボロボロだった。ここ最近の練習のし過ぎで、足が痛んでいたので病院に行って、塗る痛み止めを処方してもらったところ、プールの日焼けで足の指先に痛み止めを塗ったところが炎症を起こして、数日前はサンダルも履けないくらいパンパンになってしまっていた。それでもレッスンは休まず、先生の前では絶対に自分に負けないと決め込んで、努めて笑顔で踊り続けていた。さすがに何度か、

「凜ちゃん調子悪いところあるの?」

と聞かれたことはあったけれど、今日ほど痛みを感じてはいなかったから平然としていられた。

凜は不安で仕方なかった。気持ちも完全に落ちていて、ナナ先生にメイクをしてもらう間も笑顔を繕うのが精一杯だった。目も完全に赤く腫れ上がっているのが自分でもよく分かっていた。

「泣いたって痛みが消えるわけでもないんだから!」

と自分に言い聞かせるようにして反芻していたけれど、溢れ出す涙を抑えるためのコントロール機能を失ったようだった。

場当たり前の練習も足先が痛んで思うように練習ができない。今日の痛さは緊張も加わって倍増しているようだった。

次、5ページ目に続く