🩰ロシアバレエと政治利用。「ダンス」がプロパガンダに利用された歴史

現在の日本においてバレエ、殊にクラシックバレエは一つの趣味であり、習い事であり、個人が選択して好きな時に始め、好きな国に行って踊り、好きな時に日本に帰国して続けることができる。

それはもちろんプロとして活動する場合は、卓越した技術容姿カリスマ性、そして私が常々このブログ内で語っている金銭面での不安がないという条件が整っている場合に限られるが、全て個人の自由意志のもとに選択できる。

2026年になって2日目にやっと大学の授業で提出する課題が全て終わった。

夜中の12時に論文を提出して、数日間一息ついている間に上の娘が先日、留学先に戻って行った。

母がこんな状態だから、家族でゆっくり、クリスマス、正月を楽しむと言うことも少なく、上の娘も高校の冬休み中のプロジェクトとして課されていた研究をフランスの会社と連絡を取りながら進めていたから、それぞれがほぼ毎日、食事の時以外机に向かってる状況だった。(下の子も年明けすぐにある定期テストに向けてずっと勉強していた)

私がダンスの歴史の授業で選択したのは「冷戦中におけるロシアのバレエダンサーの亡命について」。

なぜ、彼らは亡命をする必要に迫られたのか、以前から気になっていたテーマだったからそれに取り組むことにした。

フランスの現在私が通う大学のダンスの歴史の授業で、第二次世界大戦中にナチスがプロパガンダとしてダンス”La danse de masse”、いわゆるマスゲームを利用して国としての統一を図ったと言うのを聞いた時にすぐさま、現在、共産主義の国々で行われている秩序の取れたダンスが頭をよぎった。

ダンスというものは言葉を使わず、美しい。それでいて統制が取れていて、権威の象徴としての利用価値がある。

ロシアにバレエが入ってきたのはピョートル大帝(1672-1725)の時代。ピョートル大帝本人が、西側諸国の文化をロシアに取り入れようとしたのがきっかけだった。

現在では世界を牽引するロシアバレエだが、その歴史はフランスでバレエが黄金期を迎えたルイ14世の時代(1613-1715)よりも数十年遅れてのことだった。

※フランスにバレエが入ってきたのは16世紀(1581)。アンリ2世との結婚のためにイタリアからカトリーヌ・ド・メディシスが広めた。後に、ルイ14世によって1661年に王立舞踊アカデミーが設立され、現在のパリ・オペラ座バレエとなった。
また、ルイ14世のダンス教師だった宮廷舞踊家でもあったピエール・ボーシャンがバレエ基本のポジションを作った。

そして余談だが、マリンスキー劇場の歴史は1784年にサンクトペテルブルグに最初の劇場が建設されたことに由来する。それは、ロシア帝国初の常設劇場で、後にヨーロッパ最大級の劇場となった。

ロシア初のバレエ学校(後のワガノワ・アカデミー)が、1738年、サンクトペテルブルグにフランス人振付師、ジャン=バスティスト・ランデにより創設された。19世紀になるとフランス人振付家、マリウス・プティパがチャイコフスキー音楽と共に後の三代バレエ(眠りの森の美女、くるみ割り人形、白鳥の湖)を作り上げ、その地位を確固たるものにした。

フランス語のサイトでのロシアバレエの歴史を紐解いているのだが、ボリショイはロシア語で「大きい」と言う意味で、1776年に見つかった劇場の跡地に、1856年に建立されたらしい。

ピョートル大帝は1700年初頭にすぐさま、西側諸国と競えるだけのシステムを整えた。フランスに倣い、宮廷文化の一部としてバレエを取り入れ、その後にできたバレエ団は完全な国家支援のもとで運営されることとなった。

そのため、時代はだいぶ飛んで、第二次世界大戦、冷戦下のソビエト連邦共和国(ソ連)ではバレエが、国家の威信をかけたプロパガンダの一つとして使われるようになった。

話は逸れるが、私には私と同年代の旧ソ連で育った友人がいるのだが、その友人曰く、生活は旧ソ連時代の方が今より豊かだったと。
バレエの歴史などを読んでいてもソ連時代の方が現在のロシアよりもバレエダンサーの生活が保障されていたと書いてある書物が多い。

特に1920年代から政権を握っていたスターリンは芸術を政治のために利用することを好んで行なっていたため、バレエダンサーは厳格な規律のもと、バレエの訓練を行い、ロシアメソッドから逸脱した踊りは許されなかった。

ロシアバレエの踊り方の特徴としてはエレガントで洗練された動き、優雅なラインの美しさを重視。また、 軽やかで繊細なフットワークと、正確なポジションの維持。 手や指先の動きまで意識した、上品で装飾的な表現であり、その枠から、はみ出していたナタリア・マカロワの感情が先に動き出すような踊り方は常に教師たちの議論の的だった。

そのためにナタリア・マカロワなど個性の強いバレエダンサーには厳しい時代であった。

1934年頃にアグリッピナ・ワガノワ(彼女もロシア革命下で生き抜いたバレエダンサーの1人)が”Principes de base de la danse classique” (バレエの主要な基礎=ワガノワ・メソッド)を考案した。

また、1930年代後半のスターリン政権下での大粛清下ではロシアの偉大なダンサー、マイヤ・プリセツカヤの両親が逮捕され、1938年に父親は殺害され、母親は8年間の牢獄生活を送ることになった。

当時13歳だったマイヤ・プリセツカヤ自身はすでにボリショイバレエ学校に入学していたから、住む場所(寮)はあったものの、両親を大粛清によって失うこととなった。

ちなみに1940年生まれのナタリア・マカロワもナチスによるレニングラード包囲戦(1941−1944)で食糧不足の影響を受けたと言われている。

2人に共通するのはバレエは
単なる趣味ではなく、
生きるための手段だった。

2人とも強烈なカリスマ性を持ち、自分がこう踊りたいという信念があった。

冷戦下の1970年にマカロワは自由を求めて、亡命したのだが、プリセツカヤはソ連に残るという選択をした。それは当時、すでに彼女がボリショイのスーパースターであり、西側諸国に対するロシアの象徴的な存在でもあったために、政治的に強い監視下にあった。それに加えて、マリンスキーに比べてボリショイ自体がバレエダンサーに対する監視の目が厳しかったというのもある。

日本にも数十回訪れて踊っていたから、日本のバレエファンにも彼女の踊りは記憶に残っている人も多いと思うが、私もその1人で、彼女の瀕死の白鳥、イサドラ(ダンカン)は幼かった私にさえ、記憶の中で強烈に残っている。

ちなみに、ルドルフ・ヌレエフ、ナタリア・マカロワ、ミハエル・バリシニコフの西側諸国に亡命した大スターたちは皆、マリンスキー劇場出身者である。

※1966年のイギリスが企画したヨーロッパツアーでは、1963年にフォンテインとヌレエフのために創作された「椿姫」(マルグリットとアルマン、振付:フレデリック・アシュトン、音楽:フランク・リスト)がリストアップされていたが、有名な亡命者(ヌレエフ)のための振付という政治的な理由で却下された

最初にも述べたように、ダンスは共産主義や独裁国家のプロパガンダに使われることが多い。

繰り返しになるが、マスゲームを利用したナチスクラシックバレエを利用したソ連。ソ連が冷戦下で度重なる西側諸国へのバレエ公演を行ったのはこういう政治的背景があったことは否めない。

現在の共産主義諸国でもダンスによるマスゲーム、クラシックバレエの国家の象徴としての運営を行なっているところが少なくない。つまり、ダンサーは「趣味」でやっているのではなく、自分が生きるため、家族を支えるためにやっている事が多い。

資本主義諸国でのバレエの認識と共産主義社会でのバレエの認識は歴史からわかるように大きく異なり、現在の各国のバレエレベルが国家を上げてレベル向上に繋がったのか、個人個人の努力の成果でレベル向上に繋がったのかでも背負うもの、ハングリー精神等が全く異なる。

日本のバレエ界にバレエをもたらしたエリアナ・パブロワ自身も社会主義国家になりつつあったレーニン政権下のロシア、ロシア革命を逃れて1919年に来日し、1937年に帰化した1人である。

バレエはルイ14世の時代から政治に利用され、国家としての威厳を示すために使われていた側面が多いのだが未だに、フランスで一時衰退していた時代の名残だけを切り抜いて独自の理論を展開している人の多さに落胆する。バレエは16世紀から常にその当時の歴史に翻弄され、利用され、時に衰退し、時に国を移し、拡大していったにも関わらず。

現ロシアで大統領の前でバレエが踊られるのも、バレエダンサーの地位が国家公務員として高いのもはそういう政治利用されてきた歴史があるからこそである。

幸か不幸か、日本にはバレエを政治利用した歴史はない。

そのため、日本のバレエは100年後の今も安定した職業とは言い難い状況にあり、私の父の言葉を借りれば「金持ちの道楽」である。

私自身は、バレエ講師として生計を立て、娘たちを育ててきたことで、父の言葉に人生をかけて反抗し、「金持ちの道楽」だけではない事を体現したつもりだが、現在の日本のバレエダンサーの生活水準を調べれば調べるほど、不安定な職業であるという現実は拭い去れない。

バレエの歴史を学ぶことで、今の日本のバレエの現状が変わる訳ではない。

しかし、何も知らないでいるよりはいいと思っている。

それが、何の役に立つかは不明だけれど。

2026年1月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  
にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
にほんブログ村 演劇・ダンスブログ バレエへ
にほんブログ村 外国語ブログ マルチリンガルへ
PVアクセスランキング にほんブログ村