親子で中学、高校、大学に通っている私達。
まずは私の大学の哲学の授業から。
心身二元論と言うのが西洋哲学の概念であり、デカルト的な考え方である。フランス語で言うとdualisme corps-esprit。
いきなり、何これ?と言う状態の哲学にぶち当たる。。。
私自身も大学のとある授業で学び始めた時は、年甲斐もなく「マジで?」と思った。
これはフランスの普通高校(職業高校ではない)の3年生の子達が哲学を学ぶ際に学ぶ概念であるらしい。
※職業高校は学ばない。
そうであるらしいと書いているのは、先日大学のクラスメイトと話していた際に彼女との会話の中で、
「dualisme corps-esprit(心身二元論)は習ったけど、monisme corps-espritは知らない!」
と言ってその場でmonisme つまり一元論と言う概念についてその場で調べていたからである。
日本人には心身一如の概念の方が分かりやすいから、逆に西洋の概念、デカルトの概念を高三で学ぶのは頭が混乱するだろうなぁと個人的に思う。
そして、フランスの学校の特徴?なのか、口頭論文が中学でも高校でも大学でも多いのにもビックリする。
(🇩🇰デンマークの高校でも数学の口頭試験があるから、ヨーロッパの多くは口頭試験を採用してるのかもしれない。高校留学中にそれをデンマーク語でやってやっぱり地獄だった記憶がある…)
私の行っている大学の各授業では、提出論文以外に口頭論文を一回は行わないとならない。それがないと単位取れないからみんな必死。
一回の口頭論文は3人前後で3、40分。
そんなの人生でやったことがなかった私には当初、地獄でしかなかった。ソルボンヌ・ヌーベル大学の語学コースの授業で初めてそれをやった時は震えが止まらなくて、いい歳して泣き出しそうだった。
自分の不甲斐なさに呆れた。。。
次女の中学校でも口頭論文だらけ。
中3だからっていうのもあるかもしれないけど、クリスマス休暇のギリギリまでテスト、テストで、それが終わったら最終週はスタージュという職業体験が丸々1週間。
そして職業体験についてのレポートをまとめなくちゃならないらしい。
長女は現在、高校生でボーディングスクールに留学中だから、詳細は分からないけれどディスカッションが多いと言う事を言っていた。
去年、高1の時に通っていたフランスの地元の高校でもやっぱり口頭論文が…とよく言っていた。
だから、今年の我が家、
ちっともクリスマスを楽しめる雰囲気じゃない。
私自身も大学のレポートが年明けまでに提出しなくちゃいけないのが3本。
来週までに提出するものが3本…。
そして口頭論文一本…。
頭が付いていかない。。。
そのうちの一つがメルロ・ポンティの説く「現象学」について説明するというもの。高校でメルロ・ポンティ現象学(phénoménologie )は学ぶらしいけれど、メインは西洋哲学であるデカルトらしい。
私が行ってる学科は、あくまで「ダンス科」。
それと現象学がどう繋がるかはもう授業聞いて、どうにか理解するしかないのだけど、足りないフランス語力…
泣きそう。
上にも書いてる通り、心身一元論の概念と言うのが、元来の西洋の概念とは異なる点で、身体と精神が繋がっているという西洋人からしたら新しい概念で、それはダンスの世界にも大いに繋がるという点で学んでいる。
確かにすごく面白い授業で、全部わかったらもっと積極的に参加したいなぁと思うけど、単語のややこしさが半端ない。
知り合いにパリの大学の哲学科に行ってる人がいるから、そういう人に相談しながら自分の理解を深めるしかない。
でも、こう言う哲学のさわりだけでも高校で学ぶ事がフランス人の議論好きに繋がってるんだろうなぁと思う。
親が学ぶと子も自然とそう言う環境の中で育っていくから子供のうちからおしゃべり好きで、議論好きな子が多い。
ウチに泊まりに来る娘達の友達はみんなおしゃべりで、夕飯時に積極的に私達と会話を持つ。
それは高校生も中学生でも。
どんな話でも自分の意見を人に合わせるだけじゃなくて、聞きながら自分の意見を展開していくところなんかがすごいなぁと感心する。
自分の意見を言う事、他人と違う意見を持つ事が当たり前でその中で議論する。喧嘩になることもなく、主張するところと、相手の立場を考えるところとがちゃんと分離されている。
政治的な立場にしても、同じ。
親戚内で違ってたとしても、それはそれ、コレはこれという感じで仲良く議論してる。
日本だったら絶対に喧嘩になるよなぁと思うこともしばしばある。
中学生はともかく、高校生の時からそう言う話を当たり前に友達間の話としてできる所が日本とは大きく異なる。
私が高校生の時に、もし政治の話をいきなり持ち出したら周りの子はきっと驚くだろうし、「疲れてる?」って声をかけてくるかもしれない。
私の大学の同級生達と政治の話をしたことはないけれど、授業で哲学的思考がしょっちゅう出てくるからそういう話は流れ的にある。
私と30歳近く年齢が異なる20歳前後の子達。
そんな若い子達が持つ思想や概念でも聞いていて面白いし、自分自身というもの、信念を持って大学に通っている事に感心するし、尊敬している。
大学のダンス科。
ただ踊ってるだけの「科」じゃない。
ダンスは自分自身の哲学を持っていないと踊れないとこの歳になって改めて感じる毎日。
それはパリ・コンセルヴァトワールの子達も同様で、高いレベルのバレエのレッスンをやりながら、同時に私達と同じ内容の授業を受けて、試験を受けている事に驚きを隠せない。
彼らが行う口頭論文がまたかなり優秀で…
バレエとしての踊りは見たことはないけれど、たまに軽い動きをしているのを見る。
身体にリズムが刻まれ、音を奏でているのがわかる動き。
自分がどう動きたいかとか、どう表現をしたいかとか、どう見せたいかとか。
そんなのを見ていると、海外には優秀な振付家が多いと言うのも頷ける。
日本の若い子達、殊にバレエダンサーを目指す子達は、表面的な動きだけを追っていないだろうか?
なぜかフランスのダンス哲学で能の世阿弥の理論が多く出てくる。
14世紀の日本人。室町時代。
骨、肉、皮。
皮=表面的なもの
そればかりを追っていても、核心となる骨がなけければダンサーとして薄っぺらい踊りになるだろう。
頭でっかちで骨や肉ばかりを追っていて、美しさがないとそれはそれで困るけれど、今の20歳くらいの子達はこれから未来がある。
そのためにできる事を自分自身で考えられれば良いと思う。
信念を持ち、心身一如の概念と言うものを自分の踊りに用いてこそ、ダンサーとして大成していけるんじゃないかとメルロ・ポンティの論文を読み直しながら思う。
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