今何かと世界情勢が複雑だ。
大学の授業で手一杯という事もあるけれど、色々考えさせられる事を聞いたりして「生きる」とは何かを考えて数週間、何も書けなかった。
ウクライナとロシア、パレスチナとイスラエルやレバノン。
そして日本も政治が変わり、明るい未来が来るかもしれないと思った矢先、複雑な状況下に晒されている。
先日、高校生で留学中の娘と電話で話した。
彼女が今いる環境は多国籍で学校にも寮にも国境はない。
そこで学ぶのは「人間」と言う共通事項。
各々、心に抱く事は異なるだろうけれど、肌の色も国籍も必要なく、お互い同年代の「人間」として語り合うことを大切にしていると言う。
夫婦だって100%分かりあうことは難しいのと同じで、同じ国籍の者同士だって分かり合う事は難しい。それに加えて命の危険に晒されているような国間だと尚更、平常心で話すことは不可能だろう。
電話の中で娘が淡々とと話していたのは
「今日、友達の親友が爆撃で命を落としたらしくて、友達が泣いてた。」
と。
それに加えて、
「他の子もお父さんがずっと戦地に赴いて行方不明になってたけど、この学校に来てしばらくして訃報の連絡が来たんだって。」
と。
命の大切さと高校生活が隣り合わせ。そういう状況の子達だからやはり、全額奨学金を得て、ボーディンスクールで学びの機会を得ている。
フランスはなんだかんだ穏やかで、スリだ、人種差別だ、不法移民がなんだと言われるパリだって歩いているだけで死の危険があることは無い。
ましてや私が住んでいる田舎は夜中に若い女子が一人歩きしてたらイノシシに襲われる危険はあっても人間の脅威に晒されることは、日本の静かな地方都市を歩いているのと同じくらいの危険値だろうと思う。(つまり野生動物からの脅威はあっても人間からの危険は限りなく少ない。)
長女がいるところはセキュリティがある上に、国自体に爆弾が落とされることはないとは思うけれど、様々な国の子達が集まる環境で、「考える」と言う事を常にし続ける状況にあると思う。
フランスに来てから丸3年、子供達は紛争や人種差別や宗教間の問題を肌で感じながら生活している。
初めて娘達が通った中学校のフランス語が話せない移民だけのクラス(UPE2Aクラス)でも戦火から逃げてきたアフリカ難民、中東難民の子達が何人もいた。
勉強もままならない子が多く、学年を1学年下げる子もいれば、
「日本は近いね。フランスからなら車で2時間だね!」
と言う子もいた。
宗教もイスラム教の子が多くて、イスラム教に詳しくなったのもここでの一年があったから。
他のブログでも書いているイスラム教信者のソマリア人のお友達はものすごい賢い子で、人懐こい。
そしてイスラム教と言う宗教を深く愛していて、無宗教の娘達にイスラム教の良さや、なぜヒジャブが必要かとかを友達として教えてくれた。
押し付けでもなく、机上の空論でもなく、一人の友人として、1人のイスラム教信者として、娘達が抱いた疑問に、子供の感覚で普通の会話として教えてくれた。
ちなみに下の娘は日本のインターナショナルスクールではキリスト教、プロテスタントの教えを毎日のように聞かされ、聖書もだいぶ覚えていたし、今でもキリスト教の歌を毎日のようにうたっているけど、無宗教を貫いている。(先生含め、友達全員熱心なキリスト教信者だったけれど。)
今のところ、どの宗教に属する気もないらしいけど、家族の中で多分1番宗教に詳しい。
私が30年前にデンマークに留学してた時もヨルダンのキリスト教の子が同じ国のイスラム教徒に弾圧されるからと言う理由で彼女が小さい時にデンマーク亡命してきていた。
その子とはバレエで知り合ったのだけど、ヨルダンに住んでいたら多分、バレエどころではなかったと思う。
話は脱線したけれど、今世界で起きてる戦争の多くは宗教間の戦争も少なくない。
安心して生きられる環境がある幸せは当たり前じゃない。
その上で何不自由なくバレエを踊れる環境があることは稀少であるけれど、その事自体を忘れがちである。
今、日本では政権が変わり、新しい方向に動き出してるように見える。
失われた30年の間に解決しにくい問題も山積みになってるよう思うが新しい未来に向けて少しずつ動き出しているのだとしたら嬉しい。
日本でバレエをやっていると、勉強とか政治とか、国際情勢とかどこか別のプラネットの話のように遠い話のように聞こえる時がある。
でも、実際、私たちはいつも激しく揺れ動いている国際情勢の中で生きていて、その中でバレエというピラミッドの頂点のような「芸術」を経験する事ができている。
ハンス・ロスリング氏が遺したファクト・フルネスも指摘しているように、世界中の人たちが今の先進国と同じ暮らしをしようとしたらどうなるだろう?
今の先進国の80年前、100年前の生活レベルと現在のアジア、アフリカの各地での生活レベルは全てではないにせよ、似てるところもあり、いずれも生活水準が上がっているのではないかと思う。
先進国の生活は戦後、確実に上がっているだろうし、戦前では考えられなかったような快適な暮らしの中で生きている私たち。
100年前に日本にバレエをもたらしたエリアナ・パブロワが日本軍の応援のために戦地に赴いて、かの地で病死したように、戦争とバレエ、平和とバレエは無関係では決してない。
私がこうやってフランスで大学でダンス理論を学ぶ機会が得られているのも平和があればこそ。
以前、ウクライナのバレエ団が日本で公演した時に観た方が、ウクライナバレエのレベルが落ちたと何かにコメント書いてる人達がいて多くの「いいね」を獲得していたが、バレエは平和があってはじめて集中してできるもの。
サイレンの度に、防空壕の中に潜むような生活の中では集中することはプロダンサーだって難しい。
それは第二次世界大戦中の日本でも同じ事で、きっと当時の人たちはものすごい苦労して日本バレエの火を絶やさないように戦争とバレエの狭間を生きてきたのだと思う。
戦争と平和とバレエ。
全く遠い話のようで本来は全て繋がっている。
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