🇫🇷夏休み期間中の娘のボーディングスクールと友達の話

長女は昨年の9月からボーディングスクールに通っている。

なかなか面白いところで、貧富の差がものすごく明確に分かれていると言う。

多様性を重視した学校で、肌の色も国籍も親の収入も関係なく子供達が混ぜこぜになって2年間の学びを得ると言う学校だが、内情はやはり、貧富の差、生まれた地域や環境、宗教観が合う子達が一緒になる傾向があると言う。

6月、西ヨーロッパの友人が1週間我が家に泊まっていた。

彼女は自国が合わず、この学校で初めて友達といえる子ができたという。それが娘で、寮や取っている科目は違うのに(I B教育は自分で決められた枠組みの中から取りたい授業を選択するシステム)、一緒にいる事が多い。

去年の冬は1週間、彼女の国に娘が行き、今回はうちに来た。

ご両親が中学校の学校の先生をしていると言うことで、教育に熱心な家庭で、夏休み中、うちに来てもずっと本を読んでいた。

そして、7月、もう1人、東ヨーロッパ、ウクライナ人の友人が来た。

そう、ウクライナは今は戦争中。

学校にはウクライナ人数名がいるが、ロシア人もいる。

ガザの子もいるし、イスラエルの子もいる。

そういう子達がお互いを尊重して話し合いでわかりあうのは難しいが、とにかく様々な国の子がいる。

そして、ウクライナ人の娘の友人はお父さんを戦争で亡くしている。

彼女のお父さんは戦争に行き、1年ほど行方不明とされていたのだが、彼女が娘と同じ学校に通い始めてからしばらくして、ウクライナの実家に戦死の連絡があったと言う。

そういう子がいる事は娘から去年聞かされていたけれど、さすがに目の前にいる子、夏休みを利用してうちに来た子がその子だと思わず、お父さんは戦争に行かれたりはしてない?と聞いたところ、ものすごい早口の英語で、彼女のお父さんが亡くなるまでの過程を話してくれて、「戦死」という言葉を危うく聞き逃すところだった。

彼女はものすごく淡々と自分の家族に起こったことを話していて、これが彼女の日常なんだと思うとその後、言葉に詰まるのだった。

私が住むフランスに来るのもダイレクトの飛行機は飛んでないから、ポーランドまでバスで出て、そこから飛行機でやってきた。帰りはもっと複雑で、ウクライナの家に帰るのに丸2日を要していた。

9月、学校に帰るのにもやはり、ポーランドまでバスで出て、そこから飛行機を乗り継ぐため、学校の始まる日の3日前に出発するらしかった。

彼女は戦争とコロナが重なった期間中に暇があったから英語を学びはじめて、このボーディングスクールに応募したと言っていたが、今はとにかく早口な英語を話す。

2年前までほとんど話せなかったとは思えないくらい。

娘の学校の友達にはアフガニスタン出身の子もいる。

その子はタリバン政権下で女子の学校教育が禁止になってからずっとインターネットで家庭学習をしていてこのボーディングスクールに入学できる機会を得た。

それでも、昨年の出国までは容易い道ではなかったという。

まずはパキスタンに3ヶ月滞在し、そこから娘のいる学校に1人で来たのだが、アフガニスタンから出国するのにもちろん女子1人で移動できるはずもないので、彼女の男性の身内が一緒に3ヶ月間パキスタンに来てくれて、そこからやっと学校にたどり着いたという。

そんな状況だから、この夏も国には帰れず、両親にも会えていない。

学校とは違う地で、知り合いを頼ってこの夏を過ごしたらしい。

来年、卒業しても実家のあるアフガニスタンに帰国できる見込みは少ない。

女子は、行動が制限されるから。

一度帰れば、次、いつ出国できるかもわからないと言う。

そんな過酷な状況の子たちがいる学校でも、特に西洋人の裕福層は訳がちがう。

いつもハイブランドの服に身を包み、毎週金曜日は学校内で開かれるパーティ。

もちろん誰でも参加できるのだが、多くのアジア人やアラブ系の子達は参加せず、基本的には西ヨーロッパや北米の子達でパーティ文化を持つ子たちが参加すると娘が話していた。

裕福層の子たちの中には、授業にまともに参加せずに学校から追い出されそうになった子もいるというが、親と学校の先生が話し合いになった後、留まる事ができたらしい。

また、この新学期、全員が戻ったのか、定かではないが、基本的に裕福層は裕福層といることが多く、娘のような奨学金で学びに来ているような子は同じような境遇の子と一緒にいる事が多いと話す。

中には東南アジアの方の子で、両親が住んでいる村には学校と呼ばれるものがなかったため、5歳の時からおばさんの家に住み込みをさせてもらって、小学校、中学校とともに奨学金を得て学び、この学校に留学できたという子もいる。

また、同じアジア圏の子の中にはやはり、一度戻ったらいつ国からも出国できるかわからない子達が、クリスマス期間中も学校に残って過ごしていたという。

様々な環境の子が学ぶ娘の学校で、文化、国籍、宗教、貧富の差に関係なく交流するを促すなどの努力はそれぞれがしてはみるが、結局は同じような肌の色の子同士が固まり、同じようなものの価値観を持つ子が一緒になる。

それは、フランス国内の中学校でもやはり、ブラック系の子はブラック系の子、白人系の子は白人と、アラブ系の子はアラブ系の子達で固まる傾向が強いのと似ている。

側から見ていると、結局、多様性で人種、宗教観がバラバラな子たちがミックスされている例はとてもレアであると思う。

とは言え、娘の一年しか通っていないフランスの高校の仲良し5人組は人種も宗教も肌の色もバラバラ過ぎて、うちに泊まりに来る度にみんなの個性がバラバラだからこそうまくいっているグループなんだと感心する。

ちなみに、その5人は、アジア人のうちの娘、昨日書いた記事のマルティニック出身のご両親を持つ子、アラブ系の子、アフリカ系の子、白人。

だから、彼女らが来たら、当然ながらアラブ系の子のためにハラル肉も用意するし、豚肉の提供もしない。

彼女たち自身もそれが当たり前のこととして受け入れているから、この小さなグループの中では多様性という言葉が存在しているのだと知る事ができる。

でも、それは皆にできることではない。

フランスでは多様性が成功している!

と語るフランスに住み日本人の意見もたまに見かけることもあるが、次女の中学校やサン=ドニやパリ13区やディズニーランド・パリの近くの大きな街を見ているとやはり、民族、宗教が同じもの同士が多く集まっている傾向にあると思う。

世の中には自らの手で教育の機会を掴みに行く者と豊かさゆえにその価値の重要性に気づいてない人達もいる。

そう考えると、物質的な豊かさだけが幸せであるとは言いがたいのだと改めて思う。

娘は、今年また、学校で新しい出会いがある。

一年生が入ってくるからだ。

彼女はそれを楽しみに旅立っていったのだが、これから始まる1年間でIBデュプロムを取得し、大学を決めると言う目標もある。

ギャップイヤーをするかどうかも含めてこの夏話し合ったが、とりあえずはストレートで大学進学を目指すらしい。

この1年間の間で18歳になる彼女は成人すれば、全て自分自身で責任を持たなくてはならなくなる。

私も17歳でデンマークに留学し、そこで18歳になった。帰国し、日本の高校を留年をしたため同級生よりも卒業は遅れたが。

自分の30年以上前のことを多く振り返る夏となった。

とにかく失敗してもいい、前に進みながら実りの多い一年であるように母として願うばかりだ。

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Yoshiko

元シングルマザー&元クラシックバレエスタジオ運営・代表講師。フランスの大学に行くため一念発起して長期学生ビザ(visa étudiant)を取得して母娘でフランス移住🇫🇷一度目のフランス長期ビザ却下をえて、現在パリ郊外で田舎暮らし中。

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