🇫🇷【移民】として外国に暮らして。日本人であることで感謝した事、試練にあった事。

フラン生活4年目。

丸3年住んでるのに、フランス語がうまく話せない。

でも、それは緊張症の自分の性格上、日本語でもまあまあ同じことがあるから語学の問題ではない気もする。

フランスに住み始めて驚いたのは、親日家が想像以上に多く、想像以上に日本の漫画文化が普及していたということ。本屋の漫画コーナーの割合の大きいことと言ったら!

だから、子供達の最初に行った学校では、日本人=マンガということで、強制的に漫画部に入れられた。だが、我が子たちは日本にいた頃、全く漫画を読んだことがなく、知識ゼロだった。

そのため、最初に買った漫画は推しの子。フランス語だった。(後にも先にもこの1冊だけ。)

最初に通った移民、難民だらけの現地公立中学校は、日本人というかアジア人に会ったこともない子たちが多く、娘達の平らな顔を触っては凹凸ないの不思議!と、驚いていたらしい。

またそんな学校だから、校内を歩いていると「ニーハオ!」「黄色!」と言われることが度々あったらしく、いまだに次女はそれが好きではなかったと言っている。

でも、これは教育がなされてないだけの話である。アフリカの国によっては内戦でまともに学校に通えなかった子も多くいて、そんな子は、UPE2Aのフランス語が話せない外国人向けクラスが1年で終了すると、大概学年を落として一般のフランス人のクラスに編入することになる。

そんな状況を乗り越えてきた次女がもう直ぐ高校生になるのだが、この時期、希望する高校の一つで一日体験というのがあったから先日参加してきた。

そこで、日本人で良かったと言う体験をしたらしい。

「この1日学校体験」は今の高校一年生のクラスに入って、その子たちと同じ授業を受け、学食で、ご飯も食べると言うもの。長女の時は探した限り、そう言う体験はなかった。(多分、移住2年目で探し方ものすごく悪かった。)

当日の朝、無事にバス乗ったよ!と連絡があったものの、私に似て緊張症の彼女はバスに乗っている間に緊張感が増してきて、高校の目の前でバスが止まったにも関わらず、ぼーっとしてて降り忘れてしまったらしい。

そして、バスが扉を閉め、走りだした時に我に返り、降り損ねたことに気付いたと言う。そんな彼女が泣きながら電話をしてきたのは言うまでもない。

大急ぎで車に乗り込み、時速制限90km/hの道路を走り抜け、高校の次のバス停で降りた娘を迎えに行った。

泣きじゃくっていた彼女だけど、集合時間に間に合うとわかってホッとしたらしく、無事に高校に送り届けると、彼女は振り向きもせず校内に入っていった。

母としては、その後また緊張で泣いてしまって電話がかかってくるのではないかと思い、一日中携帯と睨めっこをしていたのだが、幸い迎えの時間までかかってくる事はなかった。

帰りの時間、学校のロビーで待つこと10分、笑顔の娘がやってきて、高校の事務の人が伝達事項を話してくれて解散となった。

そして、車で、開口一番に娘が言ったことは、

「日本人で良かった!」

いまだに母ほどではないが、フランス語に訛りがある娘の出身国をこの日のクラスに入れてくれた高校1年生の子達は聞きたがったらしい。

そうして、日本から来た。と言ったところ、反応が

「え!日本!日本人なの?素敵!」

そこから、質問の嵐だったらしい。それで、授業中もこっちおいで!と言ってくれる子がいたり、ランチも一緒に食べよ!と誘ってくれる子がいたり。

かなり幸せな時間を過ごしたらしい。

今の中学の友達もそうだが、日本が好きな子たちが本当に多い。

中には今年のバカンスを利用して日本に行く子もいる。その子には、たまにうちに来た折などに、スーツケースは、帰りお土産でパンパンになっちゃうから、最低限の荷物で日本には行った方がいいよと、アドバイスをしている。

私の行っている大学にも日本通の子がいて、先日その子が日本語が書かれたニベアを持っていたから、「何で日本のニベアなの?フランスにもニベアあるじゃん?」と聞いたら、

「日本のものは違う!!!日本のニベアは特別。だから、自分が持っているものはほとんど日本のもなんだ。」

と言って、カバン、おやつ、ペン、文具…などの日本の物を見せてくれた。

周りの同じような移民やフランス人たちに恵まれている、と言うこともあるのだろうけれど、とにかくフランスに移住して「日本人」と言う理由でこれは差別じゃない?と思ったことは一度だけ、パリのレストランでの出来事だった。

日本語のメニュー有りと書かれた案内版があったから、当時フランス語が話せなかった娘たちを連れてノートルダム寺院近くのレストランに入った。

そして、私のカタコトのフランス語で、

「日本語か英語のメニューも下さい。」

とお願いしたところ、店員さんの顔色が曇り一旦下がった後、再び現れた時には片手にメニューを持ちながら、

「韓国語か、中国語のメニューならあるよ。。。ほら。」

そして、こう付け加えた。

「日本語のは値段が違うんだよ…」

と、ボソッと。

「英語ならそのメニューの裏側。」と、私が持っていたフランス語メニューの裏側を指した。

(いや、アジア顔なら何でも読めると思わないでくれ…と心でツッコミを入れていた私。)

日本人は韓国人や中国人と比較しても文句を言う人が少ないと言うのはパリの人たちの間では常識なのかもしれない。それを利用した値段格差。

ちょっと唖然とした。

今は、美術館や城などで、はっきりと、EUの人の料金とそれ以外の人の料金というのが分かれているけれど、日本人とそれ以外っていうのは後にも先にもない。

結局見せてもらえなかったから、日本語メニューが何%くらいの値上げだったかはわからないが、日本語以外の言語が話せないと言うことは、海外に行ってそういう差別というか、詐欺というか、試練に遭う可能性もある。

日本人の多くが持っている感性、「性善説」は外国人相手だと通用しないことが多い。

そんなこともあったけど、99%の私の周りのフランス人は親切で、村では通り過ぎざまに必ず挨拶が交わされる。

パリのような都会でそんなことやったらきっと変な人扱いなんだろうけれど、パン屋さんなどお店の人に頼む必要がある時は必ず挨拶から入らないと、対応してもらえないと、フランス人の夫が言っていた。(一度、ボンジュール言い忘れて、本題入ろうとしたら、店の人はボンジュール!ボンジュール!と夫が話を切って、ボンジュール!と言うまで待ってたらしい。)

日本だと、店員さんが「いらっしゃいませ!」と言っても無愛想にしている人が多いが、フランスでそれをやると、多分、永遠に対応してもらえないんじゃないか?と思っている。

お客様は神様ではないから。

以前も書いたが、デンマークに留学した際もホストファミリーがなぜ私を受け入れたからというと、「あなたが日本人だったから。」と言っていた。

1990年代の日本はバブル最盛期で世界からの信頼も厚かった。

真面目だし、嘘つかないし、仕事は丁寧。(もちろん日本人全員がそれではないけれど。)

最近も、とあるフランス人と話していたら、こんなことを言っていた。

「1960年代後半に、コンゴ(アフリカ)で仕事をしていたら、そこにアジア人が僕たちと同じ仕事をしに来たんだ。彼は自分たちがナイトクラブで遊んだり、自宅に帰って友人たちとパーティをしている間、1人で夜中まで仕事をしていたよ。あれは多分日本人だったと思うんだ…」

と。

時代を考えると、日本人だった可能性は大いにある。今だと多分中国系の会社の人が多いのだろうけど。

海外に住んでみて改めて、日本の良さに気付かされる機会が増えてきた。

この文化がずっと守られるような日本であってほしいと、最近の移民政策のニュースを見ながら考えた。

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Yoshiko

元シングルマザー&元クラシックバレエスタジオ運営・代表講師。フランスの大学に行くため一念発起して長期学生ビザ(visa étudiant)を取得して母娘でフランス移住🇫🇷一度目のフランス長期ビザ却下をえて、現在パリ郊外で田舎暮らし中。

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