🇫🇷フランス人を一括りにしてはいけない。パリに暮らす人々。人種と多様性、そしてバレエ。
フランスに住み始めて丸3年。日本にいた時とは比較にならないくらい多様性とか人種問題とか平等などについて考えさせられる事がある。
以前も記事で書いたが、大学の最終論文でYAGPについて取り上げたかったが、その場にいた事はただの「経験」であって、「実地調査」としての学び、研究ではないとして却下されたので「都市と田舎のダンスにおける平等性」について取り扱おうとしている。
でも、
調べれば調べるほど壁にぶち当たる。
フランスには周知の沙汰であるが自由、平等、博愛と言う言葉がどの公共の建物にも掲げられているが、現実のフランスの平等は…そうではない。
壁というのはキレイゴトと現実。その比較として顕著なのがボーボーパリジャンと田舎フランス人。
ボーボーパリジャンとただのパリジャンはまた違う。
ボーボーパリジャンは主に、
- パリに住んでいる
- 経済的に余裕がある
- 高学歴 → 高給職
- 環境意識が高い(オーガニックを愛すとか、プラスチック製のものは使用しないとか)
- ライフスタイルの意識が高い
- リベラル派
- 文化的嗜好が高い
などなどが挙げられる。
ボーボーパリジャンは特に限られたトップ層であって、パリジャンなら誰でもボーボーパリジャンと言う訳ではない。(以前、フランスに住む日本の方がパリに住む人は誰でもパリジャン!と言っていたが、そういうカテゴリー分けだと、セーヌ川沿いのテント暮らしでもパリにいる不法滞在者でもパリジャンと言うことになるが、少なくともボーボーパリジャンではない。)
話をボーボーパリジャンに戻し、上記を当てはめると、大方のパリの大学教授がボーボーパリジャン、それに当てはまると思う。
その結果、世界ランキングでもトップのパリの大学に通う知人の子供は超リベラル派(EELV)に入り、知人が頭を悩ましている今日この頃。
今年初めにあったLyonでの右派と超リベラル派の若者の闘争で、右派の若い男性が亡くなった事実もあり、攻撃的な面もある。また、パリ郊外の移民が多いサン・ドニのコミューン自治区であるイル・サン・ドニの市長はイスラム教徒でEELV派。
なぜ、その家族が頭を悩ませているかと言うと、知人は中立の立場であり、ましてやパリにも住んでいない。むしろ郊外の広い邸宅でその落ち着いた暮らしを楽しんでいる。※我が家よりは街
また、超リベラル派は「自由、平等、博愛」として、難民、不正移民など、誰でも受け入れるべきだと主張するが、その難民、不正移民等の生活を担う資金はフランス国民の税金で賄われている。
当然の事ながら、全てのフランス人が裕福ではない。
私達の周りでも厳しい生活を強いられている田舎のフランス人達が少なからずいるが、ボーボーパリジャンはそんな人達の存在は考えない。
真面目にコツコツと働いて持っていかれる税金がCAFを通し、難民や経済的に貧しい移民へと使われる現実。
しかし、ボーボーパリジャンは「裕福である」というのが前提としてあるから、彼らの理論の前提には、自分たちフランス人はお金がある。
ゆえに、
困っている異国の人たちはフランスに受け入れてその「税金」で賄えば良い、住む場所はどうせ郊外だから自分達の生活に大きな影響はない、と言う理論である。
親子であっても政治的思考が異なるフランス。
家族間で政治を議論することも珍しくはないからこそ、リベラルに振り切っている子供との会話が困難になることもあるらしい。
〈余談〉その受け入れた難民、経済的貧困の移民がどこに住むかというとパリ近郊または地方の田舎の社会公共住宅である。地方では『シテ』とよばれ、治安の良くない場所として言われる。
パリにもあるはあるが、数は圧倒的に少ない。パリで多いのは中華街付近の13区の高層住宅、また18区、19区、20区も多い。逆にボーボーパリジャンの多く住む7区、8区、15区、16区は高級住宅地であり、公共住宅は圧倒的に少ない。
※よくパリ観光ガイドに掲載されている「パリで行くのが危険な地域」に合致する。
論理学において、「前提」が間違っていたとしても聞く側がそれに共感できる論理を通すことができれば、それはいつしか「真実」となるし、その組織にお金が集まれば、集まるほどそれは強大な力を得て、民衆を支配する「善」となり得る。
大多数の人たちは、そこに矛盾がある事は目を瞑っているか、全く見えておらず、むしろカリスマ性や名声にばかり目が行きがちであると、ウィキッド2やズートピアを観ながら考えずにはいられなかった。
キラキラしたものに目が行くのは人間の性だけれど、それが真実であったり、それが正しいとは限らない。
論理的思考でもレトリックの論理を使えば、
第一前提として、人々の共通認識がある。
第二段階として、それを利用して論理立て、人々を説得、共感を持たせる。
第三段階は、それを踏まえて、人々の感情に訴えた支配である。
政治的レトリックを用いたナチスや共産国は民衆の共通認識を踏まえ、上記の通り、第二段階で彼らが思う「善」を説いて、国民感情に訴えた。そして、現在も多くの独裁者が用いている論理的思考の一つでもある。
真実か正義かどうかよりも、話術で持ってして、民衆に「証明」、「説得」し、納得させた後に共感を得ることで、反証を作りにくい状態にする。
レトリック自体は決して悪い手法ではないが、それは利用の仕方によって善意のある人たちの心に大きな影響を及ぼす。
それはヒトラーが利用したニーチェの思想と同じで、フリードリヒ・ニーチェの哲学が悪い訳ではなく、ヒトラーが都合の良いところを利用しただけに過ぎない。
むしろニーチェは大衆煽動や国家主義を嫌っていた。(彼の妹が彼の死後に改編した話は有名)
話をボーボーパリジャンと田舎のフランス人に戻す。
結局、ボーボーパリジャンは田舎の人の暮らしで、天候によって作物が左右される事実、車で買い物に行かないと辿り着けないスーパーの事やガソリン代節約のため買いだめが必要となる不便さは理解できないし、考えもしない。
大学などでボーボーパリジャンの声を聞いていると田舎の人間は文化的なものを受け入れる感性や価値観がないと言うが、そもそも芸術的なもの、つまり「art」に接する機会がパリと比較して圧倒的に少ない。
パリのように歩けば芸術作品のような建物に出会え、美術館がそこら中に点在している場所は田舎にはない。
ロワール地方などの城巡りをするにも車が必要。でも、ボーボーパリジャンは言う。
「生活に車は必要ない。環境のために、自転車をもっと使うべきだ!」と。
田舎暮らし…
子供達習い事の送迎は常に車が必要。
スーパー行くのに車が必要。
映画館などのレジャー一つとっても車が欠かせない。
それを考慮せずに田舎の人の暮らしを否定する事はできない。
また、パリに住むフランス人と田舎に住むフランス人と言っても人種は様々である。ブラック系の洗練されたパリジャンも数多くいるし、白人系の私が住む村に住んでるような田舎人もいる。
そして、同じブラック系フランス人でも、どこのフランス領からフランス本土に来たかで差別もある。←これ重要!
日本人である私から見たフランスの差別は複雑で、
白人⇔黒人、白人⇔アラブ人だけでなく、アフリカ系移民からフランスに帰化したフランス人⇔フランス領からフランス本土に引越して来たブラック系フランス人の中でもある。
私自身が最近、移民が多い街のスーパーで見かけたイジメのような例は、アフリカ系のおじちゃんがレジのアラブ系のお兄ちゃんの発音が聞き取れないと言って、わざと、言われたよりも低い金額の小銭を置いて、何度も、
「は?は?発音悪過ぎて、聞き取れねーよ。」
を繰り返す現場をアジア系移民の私が見ていたというカオス。
そのアフリカ系のおじちゃんが帰化したフランス人なのか、ただの移民なのか、難民申請中の難民か、不法移民かは分からないけど、彼自身もフランス語にアクセントがあったから、フランス本土生まれのフランス人ではなさそうだった。
また、私が電車の中で見た光景だけでものを言うと現実的にブラック系の人が白人を罵る事の方が多いように思う。(逆をやるとさらに人種差別主義者!と声高く叫ぶ人たちがいるから白人系の一般人は黙ってる場合が多い。)
さらに、過去3年間の私の経験だけでものを言えば、上記いずれの人種でも黄色人種の私には親切であるけれど、逆にパリ13区の中華街などでは中国人でない黄色人種と分かるとあからさまな冷淡な態度での接客を受ける場合もある(私個人の例)。
だから、パリが全ての人に優しいユートピアのような世界かと言ったらそうではなく、いろんな人種がいるけれど、一方通行で優しい場合もあれば、同じ肌の色同士でも差別が行われる場合もある。
※一方通行の顕著な例はLGBTQの人達(バレエダンサーにも多い)は、自由、平等、博愛としてイスラム教を受け入れるが、イスラム教は同性愛者を禁止しているため、国によっては死という選択を迫られる。
また、大学のブラック系の子が先日、白人は差別主義者だ!平等性が欠如していると言う声に疲弊していると話していたのが印象的だった。
彼女はフランス生まれのフランス人。
小さい頃から黒人は白人からの差別を受け続けた歴史があると耳にタコができるくらい聞いてきたのだろう。その結果、ブラック系の彼女は
「今のフランスは逆に白人がブラック系やアラブ系から差別を受けることが少なくない。」
と授業中に言い切った。
生まれも育ちもフランス人の子が言うのだから真実なのだろう。
そう言う意味では白人系ボーボーパリジャンも田舎の白人系フランス人には冷たいと言うか、上記の例にもあげたような理由でむしろ馬鹿にする傾向にある。
「パリに住む私達には文化、教養があるが田舎にはない。」
これは大学教授も先日ボソッと田舎は文化的なものがないから…と言っていた。
でも、パリのマルシェで売られている新鮮な野菜や果物、そして、ボーボーパリジャンが大好きなビオ(オーガニック)の系の食品等はどこで作られていると思っているのだろう?
現実と理想。
目の前にある事実と自分達に都合の良い理論。
話は飛んで、これは日本バレエ界の、
- バレエダンサーには夢がある。
- バレエは芸術であるから稼げなくて当たり前。
- バレエで稼ごうとする者は心が汚れている。
などの三段方のレトリック的な技法で性善説を唱え、素直な感性を持つ若いバレエダンサーにバレエで収入を得ようとする概念は悪き心、芸術を愛するならその道だけに邁進してお金の事は考えるな!と言う理論を植え付けているある程度の地位を日本のバレエ界で築き上げた権力を持ったバレエ指導者達と同じではないかと懸念する。(他で働いて収入を得ればいいという考え)
その人達が放つ巨大なプロパガンダは、現在の日本のバレエ界においては「前提の正である共通理解」としての位置を高め、バレエで稼げるようにしようと努力している他のバレエ指導者やバレエダンサー、バレエ関係者を穢らわしい「悪」として、善良なバレエダンサーやバレエ経験者の心に植え付けているように見える。
カリスマ性を持つ日本のバレエ界の先生達の中で、男性バレエ講師や男性ダンサーのみならず、女性ダンサーも収入を得られる社会にしようと声を上げられる人たちが増えれば、搾取する人達と搾取される側という構造に変化をもたらすのではないかと思う。
安定した収入が得られ、安定したポアント供給があれば、実力のある若いダンサーたちが日本に残る道をもっと選び、日本のバレエ界の進化につながると思う。
もちろん全てのバレエダンサーとは思っていない。実力があるダンサーに限るのは当然!
イギリスと同年代に輸入された日本のクラシックバレエの成長がなぜこんなにもダンサーの経済面で異なるのかを今一度立ち止まって、クリティカル思考を持って考える必要がある。
なぜ、すでに安定した給与に加えて福利厚生があり、引退、年金が保障されているパリ・オペラ座バレエ団のダンサーが残業代を求めてストライキを行ったのか。
目の前にある事実と自分達に都合の良い理論。
何が真実であるか、どこに偏向があるかを今の日本の若い人たちは特に自らの手で精査する必要がある。
- 🇫🇷【移民】として外国に暮らして。日本人であることで感謝した事、試練にあった事。
- 🩰バレエと暗黒舞踏の土方巽とニジンスキー、そして文学。西洋的な美とアングラで繋がる世界。
- 🇩🇰デンマーク人はデンマークが大好きな人が多い。いたる所にデンマーク国旗が掲げられている国。
- 🩰バレエ教室はバレエを学ぶ場所。バレエと受験に両立とその後の学業のために。
- 🇫🇷時代の流れで失われ行く各国の伝統や文化。フランスの田舎で移民として暮らして。
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